NV360の購入から1年、旧車生活が楽しくなりもう1台
欲しくなり2台目に選んだのが生産数 数百台 生産期
間数ヶ月の不人気と言うか初代シビックの人気の影響
で生産ラインが消滅してしまったホンダ145(セダン)
埼玉の片隅に眠っていました。

車が増えてしまったので145個別の日記は終了です。
今までの日記(2003年11月18日〜2004年7月24日)
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今後は作業報告で順次ご紹介していきます。

私の愛車 1972年 
145(セダンは145といいクーペは145クーペと言う)
2003年11月に購入

ホンダ145(セダン)って?

ホンダ145を語るにはまずホンダ1300を語らなくては!
N360によって軽自動車市場にしかりと根を下ろしたホンダは小型乗用車への進出を企てる。そのため尖兵として開発されたのが、1968年10月の東京モーターショーで発表翌年5月に発売されたホンダ1300だった。
この車はまさに独創のかたまりと言った車で、中でも一体二重空冷式、DDAC型エンジンは世界に例をみないもので空冷はうるさいと言う常識も見事にくつがえしたが独創すぎたためかこのエンジンは大衆からは支持されず短命で終った。水冷信者で有った本田宗一郎氏の最後の思想が多く盛り込まれている。

【水冷エンジン】
H1300の販売不振が続く1972年秋、シビックの設計を受け継いだ水冷ユニットを積み込むH1300の代わりの車が発表される。
車名も新たにホンダ145となり排気量1433cc、シングルキャブレター仕様他、ホンダの市販車としては初の燃料噴射装置付きも用意(145F1)。最高出力シングルキャブ80ps、F1は90psで有り、外観はクーペのヘッドライトが丸型2灯から角型2灯に変更になったのが最大の特徴
しかしシビックの販売好調により生産ラインを譲らなくてはならなくセダンは早くも翌年(1973年)、クーペは1975年と言う短命で終ってしまった。

★ホンダ1300〜ホンダ145の誕生から消滅まで★

1969年 5月:ホンダ1300セダン正式発売。二重空冷4気筒SOHCのH1300E型はシングルキャブで
        100PS/7200rpm、10.95kgm/4500rpmを発生。当初、グレードは77デラックスのみ。
        FF、4独サスが特徴。
1969年 6月:77スタンダード、同カスタム、同Sと、4キャブ仕様の99デラックス、同カスタム、同Sを追加。
        4キャブユニットは115PS/7500rpm、12.05kgm/5500rpmのパワー/トルクを誇った。
1970年 2月:セダンがマイナーチェンジ。取扱い向上のため、低速トルク重視のエンジン特性に。そのため最高出
        力が77が5PSダウンの95PS99は15PSダウンの100PSとなった。同時に1300クーペを追加。
        クーペ7シリーズはシングルキャブ、クーペ9シリーズは4キャブ仕様。
1970年 3月:セダン77、クーペ7のデラックスとカスタムにAT車追加。
1970年11月:セダン77がマイナーチェンジ。ヘッドランプはグリルから独立し、マイルドな雰囲気に一新。
1971年 6月:クーペ7、9をベースにしたゴールデンシリーズとダイナミックシーリーズを発表。ゴールデンシリーズは
        セダン的なフロントマスクと2灯式ヘッドライトを、ダイナミックシリーズはスポーティな丸型4灯の外観
        を採用、コンビネーションランプの凸化を図る。ダイナミックGLTは4キャブで110PSを発揮。他の
        モデルは1キャブ95PS
1971年10月:3速マニュアルセレクト付きフルオートマチック車追加。
1972年10月:マイナーチェンジして車名変更。水冷式直4の1433cc80PS(クーペFIは90PS)のEB5型エン
         ジンを搭載し、145セダン/145クーペを名乗る。全車フロントにディスクブレーキ採用。セダンは
         スタンダードデラックス、カスタムの3種、クーペはSL、GT、GL、FIなど7種をラインナップ。
1973年 5月:無段変速ATをデラックス、カスタム、SL、GT、GLに採用。
1973年11月:保安基準改正に伴う安全対策実施。全車ステアリングロック安全強化ガラス、可倒式フェンダー
        ミラーなどを装備。
        145セダン廃止。
1975年  :シビックの増産に伴いクーペも生産中止となり消滅。
            

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